畳職人

寒波が襲った冷え込んだ朝、長坂の職人は氷点下の仕事場で太い針を畳に刺していた。太くて節くれ立った指が針を握りザクッザクッとリズミカルに畳に刺しては抜き刺しては抜きという動作を繰り返す。なんと太い指でなんと強い力だろう。きっとこの仕事に就いてからの長い年月が、職人の指を太く成長させ筋肉を強く鍛えたのだろう。傍らに道具もあった。リングがついた長い針は畳用の待ち針だそうだ。刃物、糸もあった。職人が使い込んだ輝きのある道具だ。
僕から見た限りでは凄い勢いで作業が進む。職人仕事というものはそういうものだ。長年の修行が人間の能力を常人とは違う域にまで高める。それはきっと我々が自転車を漕ぐときのように、徹底的に小脳に叩き込まれた運動機能として職人の体を動かすのだろう。だからこそ、その速さの中でもまるでものさしで測ったかのように正確な位置に針が刺さり糸が運ばれる。だから大脳側は見物人の僕との会話の内容を考えていられる。そして職人はたちまち1枚を仕上げて一息つくと、顔を上げ、近頃の畳のことを教えてくれた。笑いながら吐く息が白く煙る。
写真のこの畳の場合、畳表は最高級品の部類だという。安い畳との見分けは色の均一さ。安い畳表はときどき黒っぽい色の草が混じる。なるほどそう言われて見てみると色のムラがない。家に帰ってから畳を見たら黒っぽい草が多くて色ムラがひどかった。写真の畳は厚みが3cmしかない薄いもの。本来の畳は厚みが6cmで、藁を強く束ねて作られている。3cmの厚みでは藁で作るのは無理だそうで、木で作られた素材を使っている。近ごろは畳の大きさ、形、厚みもいろいろとオーダーがあるという。一方で昔に比べると仕事がかなり減ったということだ。
言われてみれば、今は一軒の家の中に畳の部屋が一つ作られればいい方だ。全部がフローリングという名の板の間だったり、あっても居酒屋の小上がり程度の3畳ぐらいの広さだったりで、中には変な形の畳もある。建築家の考えた意匠が優先され、畳が薄くされたり奇妙な形になることもあるのだろう。工業製品の多くは標準化が図られ、それが製品の安定と低価格へ繋がる。1980年代以降は当たり前の考え方のはずだが、畳については近年の和室減少傾向が、もともと高い標準化が確立していた畳の規格を破壊しているようだ。