ホウレンソウの花

こんなものを見る機会を持っている人は、あまり居ないと思う。僕の場合は、市民農園を借りていた頃に、自分の畑で見ることができた。普通はこんな風になるまで畑に植えておくことは無いだろう。それよりもさっさと抜いて、次の作物を植えたほうが得策だ。市民農園の場合は区画が狭いわけだから、なおさらそういうことには敏感だ。でも僕の場合、収穫を得る以上にこういうものが見たかった、というのがあった。他にも、シュンギクの花、キャベツの花、ツルムラサキの花などは、その頃に見たのが初めてのことだった。
ホウレンソウとコマツナは、スーパーの棚ではだいたい同じようなパッケージで隣に売られていたりする。料理の仕方も似ていたりするから、どちらにしようかと迷うこともあるだろう。でも、花を見るとまるで異なる種類だということが分かる。ホウレンソウの花はご覧のようになんとも地味なものだが、コマツナアブラナとよく似た黄色い花が咲く。ホウレンソウよりもずっと派手だ。そもそも科が違う。ホウレンソウはアカザ科コマツナアブラナ科だ。
こういうことは人間にもよくある。一見、よく似ているような人が、付き合ってみるとまるで違う種類であるかのように大きく違う場合がある。噂などが入るとなおたちが悪い。あの二人は○○だ、という十把ひとからげな言われ方をされている二人を、先入観を心の中で拭き取ってあらためて観察してみると、非常に違った人だったりする。
子どもの頃にテレビアニメでよく見た「ポパイ」は、ホウレンソウを食べると、筋肉がビクンビクンとと大きくなって力持ちになる。そして意地悪なブルートをやっつけてしまう。僕の家でもホウレンソウのお浸しや炒め物がよく食卓に上っていたが、いずれも「生のホウレンソウ」を調理したものだった。でもポパイが力をつけるために食べるのは「缶詰のホウレンソウ」だった。僕は子どもながらにそれが不思議でならなかった。ホウレンソウの缶詰という物を見たことが無かった。もちろん食べたことも無い。そして未だにどちらも無い。30年ぐらい前からだろうか、「冷凍のホウレンソウ」がスーパーの売り場に並ぶようになった。これは食べたこともある。ファミレスあたりで出てくるものの中には、材料に冷凍を使っている場合もあるだろう。でも缶詰は無い。それから、ポパイは缶詰のホウレンソウをそのまま食べていた。場合によってはそれを煙草のパイプに搾り落として、パイプから吸い込んでいた場合もあった。僕のもう一つの疑問は、「どんな味付けなのだろう」というもの。だって僕の場合、ホウレンソウのおひたしには鰹節を振って醤油をたらして食べるものだし、炒め物には塩味がついている。あんなに大きな缶詰を、何も味付けせずにペロリと食べるのだから、きっと美味しい味付けがされているに違いないと思っていたのだ。