木賊峠より

昨日は、この後またもより大きな台風が来るということだったので、天気が悪くなる前にちょっと紅葉の具合でも見に行ってみるかと出かけてみた。単車に乗るのも久しぶりだったので慣らしの意味もあってすぐ帰ってくるつもりだった。いつもなら家を出てすぐの和田峠の登りを行くところだが、久々でいきなりじゃエンジンもつらかろうと思って平瀬の方を回って昇仙峡へ行った。昇仙峡は通り過ぎ、荒川ダムの付近で何度か単車を降りて歩いたり写真を撮ったりした。太陽が出たり入ったりの陽気が気分良くし、もう少し足を伸ばして黒平まで行ってみた。
上黒平の神社の向かいにある駐車場に単車を止め、カメラと双眼鏡を首に下げてのんびり集落を歩いた。空っぽの山栗のイガがたくさん落ちていたりコスモスが花盛りで虫を集めていたり、更に気分は良くなった。腕時計を見るとそろそろ昼を回っていたので帰ろうかなとも思ったのだが、せっかくだから遠回りして帰ろうと道を更に山の方へ進んだ。

木賊峠(とくさとうげ)についた頃には高い標高のせいもあってひんやりと肌寒くなった。富士山は雲に入ったり出たりだったので休憩がてら富士山待ちをしていたら、年配のライダーがスクーターでやってきて「富士山が見えますねえ」と声をかけられた。僕の単車のナンバープレートを見て「地元ですね」、「そう、この下の甲府です」、「どちらからですか」、「埼玉です」、「よくお出かけになるんですか」、「来週は東北へ行きます」そんな会話をしてから「お先に」と行ってしまった。
木賊峠からは、長窪峠、観音峠を通って帰ろうと進んだが、しばらく行ったところでプスップスッとエンジンの吹けが悪くなった。うわ〜っガス欠、そして止まってしまった。もともとちょっと出かけるだけのつもりだったのに、気分任せのうちにずいぶん山奥まで来てしまった。その一番山奥でガス欠だ。残るガソリンは予備タンクのみ。でも、予備タンクって何リットル入っているものかは覚えていない。家から何キロ走ったかはわからない。このまま進むのが早いか、戻るのが早いか、それとも増富温泉方面が早いか、どうしようかなと考えてこのまま進むことにした。

更に進んだところで、「この先甲府方面は通行止め」という看板が立っていた。これでショックの2連発だ。これは戻るしかない。とにかく燃料消費を気にしながらの走りになる。山を脱出する途中で止まってしまったら最悪だ。山の中で止まってしまいJAFのお世話にならなきゃいけないのか、と想像したくもないことを想像してしまう。そのJAFを呼ぶための電話が通じないかもしれない、と電話の電波が通じる場所を探して林道を歩いている様子を想像してしまう。増富温泉に降りてもガソリンスタンドは無かった気がするし、黒平にも昇仙峡にもガソリンスタンドは無かった。結局は来た道を戻ることにした。
そしてエンジンを止めた。ギヤはニュートラルで下り坂を降りる。まるで自転車だ。これはなかなか緊張する。道端に車を止めて何かしている人たちは、傍をエンジン音無く通り過ぎる単車に奇妙なものを見るような視線を刺してくる。ようやく黒平まで降りた。この辺りではエンジンをかけて走る。さっきは気分良く歩いた道であるが、こんどは不安が付きまとう気分で通り過ぎる。傾斜が緩やかなところでは走りが遅くなる。平らになると止まってしまう。そんなときにはちょっとだけエンジンをかけてやり過ごすと再びエンジンを止める。緩やかな下りで遅くなっていたあたりで、木賊峠でであったスクーターの人に追い抜かれた。軽く手を上げて後ろに挨拶していた。彼は僕のエンジンが掛かっていなかったことに気づいただろうか。
なんだかんだで20キロもエンジンを止めて降りてきた。そして昇仙峡付近でエンジンを掛け、そこから甲府盆地へ帰った。予備タンクのガソリンはなんとか持ちこたえてくれた。気まぐれな旅は時に大きな気疲れを伴うことを認識した日だった。