花桜の実

ソメイヨシノという木は春真っ盛りの頃に大量の花を一気に咲かせて大変見ごたえがある。花の頃には全く葉が開かないから、白い花の色だけが他の木を押しのけてひときわ目立つ。東京近県では、ちょうど入学式の頃に満開があたるし、新年度の始まりの頃でもあるので、花に様々な思い出が重なるものだ。新年度最初の飲み会で、何度桜に引っ掛けた挨拶を聞いたことだろう。テレビのニュースでも毎年必ず放送するし、新聞にも写真が載る。気象庁も開花予想なんていうのもやっている。外国の気象庁でそんなことをしているところはあるのだろうか。それほど我々日本人にとって特別な花なのだろう。
一方、実はこんなものだ。佐藤錦などの有名な食用の実とは違い、ソメイヨシノの実はニュースになったのを見たこともないし、飲み会の挨拶で語られることも無い。直径は5mmぐらいの小さなもので、緑→ピンク→黒、というように熟すほどに色が変化する。味はどんなものだろうと思ってかじってみたが、ちっとも旨くない。というより不味い。
僕は10年位前にこの木の身の上を知って驚いた。ソメイヨシノという木は種で増えるのではなく、接木だけで増やされているということだ。接木だからつまり人為的なもので、人の手を経ないと増えることはない。この写真に写っている実からは芽が出ないということなのだ。(芽が出たとしてもそれは違う桜との交配によるもので、その場合にはソメイヨシノの形質は失われてしまうらしい)そして数年前に知ったこととして、この木のDNAを調べたところ、ある1本の木に辿り着くらしいということ。ある1本の木が先祖ということではない。接木で増えているのだから、日本中のソメイヨシノはある1本の木のクローンということになる。
全国各地に有名な桜並木がある。多くはソメイヨシノだ。それは花の時期にはとても美しい。でも、人間に例えて考えるとどうだろう。ずらっと同じ人が並んでいるのだ。枝振りが違うけれど、それは髪型が違うのと同じかも。遺伝情報が同じだから、同じときに一斉に花を咲かせる。そして、やはり同じ顔の人が別の場所の桜並木にも並んでいる。申し合わせたわけではないが、遺伝情報が同じなので離れた場所の桜並木も同じとききにいっせいに花を咲かせる。当たり前のことだが、その様子を想像するといささか気持ち悪い。