物
諏訪神社の横にまとめられていた複数の神様。一番右にあるのは「天照皇大神宮」次は頭に山の形が彫られた「冨士嶽神社」そしてその次が頭に武田菱が彫られた「甲斐照大神」。甲斐照大神というのは初めて見た。
釜額川沿いの道を上流に向かって歩き、集落が途切れ谷が一層狭まるところから分かれるコンクリートの坂道を登った。暑い日だったので短い距離でも随分汗をかいた。やがて赤い鳥居が現れる。この階段を上ると今度は左に階段がありその上に諏訪神社の社があっ…
田舎の街に行くと、その町内外の店や会社の広告が入った住宅地図みたいな案内看板が立っていることがある。そんなのを見ると、「あーこの集落には〇〇さんと▽▽さんという苗字が多いんだな」なんてことを知れたりする。釜額集落ではそんな看板は見当たらなく…
山間にひっそりと佇む釜額集落、そこに墾かれた小さな畑の隅にあった記念碑。建立は大正時代で、二つの橋の間の道路を改修した際に建てられたもの。費用負担をした集落の人々の名前がずらっと書かれているが、全員同じ苗字。大正年代、まだ電気も無く、ラジ…
かつては民宿村としても知られた旧下部町の釜額集落に行ってきた。富士川支流の常葉川に注ぐ釜額川沿いの路村。集落の入口にあった馬頭観音像はなんとも言えない親しみやすい表情。
取水塔はそれぞれのダムでデザインに工夫を凝らすところだろう。この広瀬ダムの取水塔もそんな中の一つで、ちょっとメルヘンチックな感じがする。満水だったらなお良かっただろう。
多分、かつての養蚕農家の家屋。やぐら造りというのか、屋根の真ん中あたりが少し高くなっているのが特長。大きな屋根裏にある蚕室に光や風を入れるための工夫だそうだ。
広瀬ダムの左岸、広瀬集落のはずれには、ふるさと記念館という建物があった。だいたいこのような建物にはダム関連の資料が展示されていることが多い。僕は建設前から建設にかけての古い写真などを見るのが好きなのでちょっと寄ってみたのだが、残念ながらし…
善光寺の参道に建つ新しい高層アパートの1階部分は、コンクリート打ちっぱなしで和風の昔風といった風情の意匠になっていた。そこにテナントの店舗が入っている。
どのくらいか前に、あちらこちらから集められちゃったのかな。
善光寺の参道には様々な建物が並ぶが、それぞれ街並みにとても気を遣っている様子が伺える。写真の一番左は和の建物で恐らく古いもの、隣は同じく和式だが新しい様子。その隣は一見すると洋風の建物で2階の縦長上下開きの窓や柱につけられた飾りはいかにも…
街並みの再現と保存を行っている塩沢の通りでひときわ大きいのがこのゆきぐに信用組合の建物。新しい建物だと思うのだが、だとすれば本気度がすごいなと思う。
善光寺の参道にあった酒屋さんは、厚い土壁の建物。土蔵造りって言うんだろうけど、きっと明治か大正ぐらいにはすでに建っていて長期に渡って風雨を防いできたのだろう。百年も経った今では、壁も屋根も傷んでいて補修が大変そうだなと余計なお世話を感じて…
善光寺の参道に建つ、登録有形文化財の銘板が掲げられている中澤時計本店。建物に具体的なことが書かれたものは見当たらなかったが、文化庁のデータベースによれば大正13(1924)年建設の木造建築のようだ。この外壁に撮りつられていた照明器具がなんとも良い。
新潟県南魚沼市下原新田の管領塚史跡公園、ここには岩船地蔵がある。そして、お地蔵様の向こうには八海山がそびえる。雪解け頃、この山肌に岩船地蔵の姿が現れる。(お地蔵さんの写真と行き方のアップの写真は撮影場所が少し違う)
古い看板が保存されているのはいいなと思う。60年代ぐらいだとお店にはこんな看板が掲げられていたと思うが、70年代あたりからは、こういう看板は次第に姿を消して、店名がペンキで大きく書かれていたり、蛍光灯を仕込んだ樹脂パネルになったり、これも姿を…
日本有数の豪雪地帯である旧南魚沼郡塩沢町(現南魚沼)の市街。綺麗に街並みが復元されている。小学校だったか中学校だったか忘れたが、社会科で習った、歩道が雪を避けるための屋根である雁木(がんぎ)もあって、「おお、これが雁木か」と思い、暑くなった初…
工事現場もいろいろ工夫してますね。
僕が子供の頃にはこの看板のガソリンスタンドがたくさんあった。esso は、アメリカのエクソン社のブランド。エクソンはロックフェラーが設立したスタンダード・オイルが源泉で、石油の独占状態を解消するために同社が分割された際に設立された。essoブランド…
清水港には、古めかしい倉庫もあった。切妻屋根の倉庫が並んでいる姿はなかなか良い。4月8日に掲載した写真の新しい倉庫とはずいぶん趣が違う。横浜、函館、小樽と違って赤レンガだったり凝灰岩だったりじゃない、トタン張りでコンクリート造り?の無骨な佇…
大きな倉庫が並んでいた。iPhoneで広角いっぱいにして撮ったら建物が向こう側に倒れそうな感じに上がすぼまった形になって写ったので、Gimpで端っこを引っ張って何となく修正してみた。フィルム写真の時代はかなり高額のシフトレンズを使うとか、4×5みたいな…
農家の庭などでよく見られるタイル張りの屋外流しが置き去りになっていた。枯草に隠れているが、流し台の下から手前に向かってU字溝が繋がっているので、そこに排水していたのだろう。
こういう融け方するんだな。
世界最古の木造建築物である法隆寺五重塔、もちろん国宝。そのてっぺんに止まったのはカラス。さぞや気持ち良いことだろうと言いたいところだが、土砂降りの日だったのでちょっと休憩というところか。ところでその下には三つ葉葵の紋がある。江戸時代、徳川…
市川大門町で、かつて「栴檀」という名の酒を造っていた二葉屋酒造店の建物。明治期に創業し三代に渡って続いたが、昭和52年に酒造を終え他社が同銘柄を作りこれを売っていたが、平成21年に廃業したとのこと。取り壊しの危機となったが、その歴史的価値を見…
傷んだ部分を取り除いて継ぎ、穴が開いたら綺麗に塞ぎ、世界最古の木造建造物が守られた。千数百年前の木造建築物を守るために千数百年に渡って職人たちのメンテナンスが行われてきたんだなと思いを馳せる。
ディスプレイかもしれないけど、市川にはこんなものもあった。コカ・コーラの500ml瓶とファンタの縞々瓶、そして木製のカートン。当時、500ml瓶はホームサイズと名乗っていたな。宣伝文句は「3杯注いでまだ余る」だった。今じゃそのサイズはペットボトルの普…
市川の商店街の店先にぶら下げられていた素敵な帆布の袋4つ。一升瓶が2本入るって感じの大きさ。ちなみに、右二つの五味醤油は甲府、左の鈴勝は焼津の会社。左から二つ目の近江屋醸造店が同じ商店街にある市川の醤油蔵。建物はあったけど(下の写真)、営業…
大きな建物で、中央に奥へ入って行ける口がある。左は木造、右はちょっと洋風の縦長窓のある建物。二つの異形な建物が入口のところで繋がっている。宿屋でもやっていた建物だろうか。
昨日のぽかぽか陽気の中、身延線の市川本町駅付近から市川大門駅付近に至る市川の街をのんびりと歩いた。街中にある掲示板では歴史的建造物の位置などを紹介していた。人通りの少ないシャッター通りになってしまったこの街には、歴史的建造物として紹介され…