橙色に染まる甲府城址

左端が天守台、右は明治天皇の御料地下賜に対する謝恩塔。甲府城は、徳川家康によって築城が始められた平山城(異説もあり)。堀や石垣が残り、いくつもの門や櫓が復元されている。しかし、天守閣については、有ったという説も無かったという説もあって分かっ…

送電線と鉄塔

送電線の鉄塔が並ぶ山の景色。電気の送電に正月休みは無い。いつも当たり前の生活をありがとうございます。

狼煙台

湯村山に作られた狼煙台。ぐるっと廻ったら登り口に鍵がかけられていた。ということは、年に1回行うあちこちで狼煙を上げるイベントで使うためだけに作られたということだろうか。だとすりゃ少々無駄遣いに思える。防衛費増額のために増税するとか言っている…

郵便ポスト

古い郵便ポスト。今は使われていないようで、投函口に封がされていた。もう50年も前の僕が子供の頃にはこの形のポストも現役で使用されていたが、その時分でも古いなと感じていた。

畑の中の標柱

畑の中、大根と白菜に挟まれて、山梨県と刻まれた標柱があった。

クレーン車

しばらく前に古い家が壊されて更地になっていた場所に大きなクレーン車が入っていた。高く長いブームを伸ばして何かの作業をしていた。どうやら杭打ちをしているようだ。これは新しく民家が建つというのではなく、鉄筋コンクリート何階建てみたいなアパート…

携帯電話の鉄塔2本

見晴らしの良い丘の上に建つ携帯電話基地局の鉄塔。手前の小さめな鉄塔の銘板には「UQ」という文字が見えたので「au」のアンテナということだろうか。向うに建つ高くて立派なのは「docomo」の鉄塔。この丘まで歩いて昇ってくるのは一苦労だけど、電波は一瞬…

雨畑硯

早川町の雨畑川流域で産出される粘板岩を使った伝統工芸品の雨畑硯。スマホの画面を指で触ることで文字を書く現代から遡ると、ボールペンやシャーペンを越え、更に鉛筆や万年筆も越えた昔には、大変贅沢な贈り物だったという。この小振りな雨畑硯は、きっと…

水力発電所

芦川沿いには幾つかの水力発電所がある。写真は芦川第二発電所、明治39年に発電を開始したという。写真中央の立木の影にあるのが発電所建屋で、写真左上から太いパイプが下りている。写真右下で白いしぶきを立てて川に注いでいるのが発電を果たした水。古い…

電気柵

というわけで気を付けましょう。この近辺では田んぼが減りました。

IMAX

十数年前に撮った写真。OMNIMAX(後のIMAX-DOME)は随所に機能美を感じさせる機械だった。70㎜映画フィルム、今では日本国内のラボでは現像すらできないという。

水路

水路が住宅の間を通る。下水でなく何かの用水だったのかなと思われる水路だが、今は枯れている。水路は橋になって川の上を渡っている。住宅の庭からは下の川へ水を流す樋が突き出しているが、こちらは雨水だろうか下水だろうか。

市川教会

市川大門の本通りには歴史的な建造物が多い。写真の左側は市川教会の建物で、平成9年登録の国指定有形文化財。明治(1897)30年の建築ということだ。なんと、ずっと前に他界した僕のお爺ちゃんと同い歳の建物ではないか! 手入れされ続け受け継がれてきた建物…

籠の専門店

甲斐上野駅から歩き始め芦川駅に近い辺りにあった、籠のお店。看板には「竹細工!!」「製造販売」とある。見た感じでは既に廃業した感じだが、昔はこういうお店が普通にあちこちにあったのかな。

木製の橋

身延線沿いの集落で、川に木製の橋が架かっていた。橋脚は丸太の組み合わせで造られている。なんとなく背負子に薪を積んで渡る人の様子を想像したが、気付くと橋の向こう側に軽トラが止まっているのに気付いた。もしかして軽トラも渡れるのか。

甲斐上野駅の身延線車両

JR身延線の甲斐上野駅から甲斐岩間駅まで歩いてみた。疲れたので詳しくは明日。

建物

派手な色使い、積み上げた感じの形、どれもみな形が違う窓、立地は橋詰、ということで遠くからもかなり目立つ建物。

スコアボード

近所の野球場のスコアボード。数字が漢数字で昔からあるんだなという印象だが、この野球場の開設は昭和29(1954)年とのことで、もう70年近い歴史がある。その頃から残るスコアボードなのか否かは不明。スポンサーの看板だけが新しい。所々に茶色の鉄錆が出て…

水門

昭和池から流れて来る用水は、右下からやって来て、ここで2方向に分水される。左へ行く水路の水門の開き具合次第で右の水路へ行く水量が決まるようだ。

興因寺山

甲府駅から北へ平面距離で約4㎞のところにある興因寺山の頂上。山頂は芝地になっているが、ここには高圧電線の鉄塔が聳えている。周囲の木々が高く育っていて眺望はあまり良くない。葉が繁る時期であればなおつまらないだろう。ところで、ここには山頂標識が…

新旧メディア

先週の土日(2/5、6)にあった職場の大きなイベントの山梨プラネタリウムフェスティバルが終わって1週間が過ぎた。今回はコロナ渦で合宿や文化祭が次々と中止にに追い込まれてしまった高校天文部の生徒たちを主人公にしたお話を作った。その中で使った拙画。古…

壊れた管

堰のところに付けられていた、かつては田んぼか畑に用水を送っていたであろう導水の管が壊れている。その先にあった田んぼか畑はどうなってしまったのだろう。耕作者の老齢化とその後の担い手が居ないことで手放され、住宅地にでもなってしまっただろうか。…

石垣の大岩

梅園の中の石垣には大岩が二つ下敷きになっていた。一つは一部が大きくはみ出した形になっている。勝手な想像だが、もしかしたら石垣を築く際に話し合いがあって、こいつら大岩は動かすのが大変だからこの上に石垣を重ねようかという事にでもなったのだろう…

奇抜なデザイン

甲府の街中にあるレトロな建物。見た感じ、建てられたのは昭和30年代ぐらいだろうか。単に古いだけでなく、正面の中央に階段が配置されているのが凄くシュール。隣には最新のどでかい建物があるのでその対比も面白い。

再利用

帯那の散歩では、山沿いの棚田が続くあたりで土地改良工事が行われていた。その現場を見ると、土止めの板として「山梨市民会館」という看板が2枚使われていた。廃棄になったものがこんな風に使われることもあるんだなと、ちょっと感心した。用済みにされてし…

縮んだセーターが復活

とりあえず洗濯機に入れて、とりあえず規定量の洗剤を入れて、とりあえず普通の洗濯モードを選んで、後はおまかせの自動で洗ってみたら、僕のセーターやカーディガンがすっかり縮んでしまった。それでも大した知識も無いものだから、一日着ればもどるだろう…

軽トラ

田舎の景色の中に自然に溶け込む軽トラック。正確には「軽貨物自動車」というらしい。僕の周辺では昔から「ケートラ」と呼んでいた。山梨に来て最初に聞いたこいつの呼び名は「けっとら」だった。土手から転げ落ちた話だった。その後もケートラは聞くことな…

みちしるべ

この道標には、向かって、右 = 上帯那を経て、脚気石神社左 = 塚原を経て、甲府市へ通ずとある。左の道は4メートル幅の舗装路だが、右は舗装がすぐ終わって徒歩専用の山道となる。

ドングリ

風致地区を表す古びた標柱の上に、クヌギのドングリがまとめて置かれていた。

古い建物

昭和30年代ぐらいまではきっと甲府で一番活気があったのではないかと思われる問屋街は、再開発に晒されている。ざっと見ても店舗の3分の2ぐらいは店じまいしてしまっているようだし、開いている店も少々寂しげに見える。建物は昭和30~40年代頃の雰囲気を…