山脈

もう10年以上前になる。プラネタリウムの番組制作の取材のため、埼玉県熊谷市に出張した。「ムサシトミヨ」という魚について知るためだった。ムサシトミヨはとても澄んでいる水ではないと棲息できない魚で、貴重なものとなっている。詳しくは後日書く機会もあるかもしれない.
その際、熊谷の荒川の土手に立って見渡すと、広々とした平野が広がりそのずっと向こうに山が見えた。大きく伸びをして、「広いねえ」と言って同行していた名古屋の出身者と顔を見合わせた。翌日職場でそんな話をしたら、甲府で生まれ育った同僚が「僕らはむしろ不安になる」と言っていた。山々に囲まれている方が安心するということだった。僕が生まれ育った千葉では、熊谷以上に山が遠い。熊谷では榛名山赤城山が近くに見えるが千葉ではそれもなく、むしろ水平線が見えたりもする。僕が行っていた高校は窓から東京湾が見えていて、その向こうに小さな富士山があった。山の景色は観光で出かけた先で見ることができる特別な景色だった。だから憧れでもあった。一方、山梨の人にとって年に何度も見ることが無い海の景色は、僕にとって日常に広がっている風景の一つのパーツだった。
生まれ育った環境で人は景色に対する感じ方がずいぶん違うものだと知った。甲府盆地を囲む山々は人によって安心感を感じたり圧迫感を感じたりする。また、広々とした平野の景色は人によって不安感を感じたり開放感を感じたりする。
でも、山梨に来てすでに13年以上。今ではたまに海を見ると「うわー」という感じになった。