カキフライ論(やや長文)

もう10日前になる16日、乾燥した日がずっと続いていた頃の中での曇りの寒い日だった。コーヒーを飲んでコーヒー豆を買った後、ちょっと遠回りして美味しい昼食を食べて帰った。
僕が食べたのはトンカツではなくカキフライ。世の中に数あるフライ物の中で、僕はたぶんカキフライが一番好きだと思う。でも、揚げたてでないと好きではない。揚がったものがパックに入って売っているスーパーのものを買ってきて家で食べるのはランキングが格段に下がる。ただし、揚っていない状態でパン粉が付けられているものを家で揚げて食べるのは好きだ。生牡蠣を買ってきて自分で衣を付けて揚げて食べるのはもっと好きだ。これはランキングの一桁順位になる。しかし、自分で衣を付けて揚げるとどうしても脂っこくなってしまう。衣を薄くしても脂っこい。難しい。スーパーで売っているのも脂っこい。それが、腕の良い店で食べると脂っこさが少なくて良い。こういうカキフライをサクッと口に入れたとき、衣の中の汁がこぼれないように食べたい。これがまた難しい。
しかし困った問題もある。僕は漬物が大嫌いなのだ。この種の定食を食べると決まって漬物が付いてくる。僕は定食がテーブルに置かれるやいなや真っ先に漬物の小皿を手にとって正面に座っている妻の定食盆のなるべく奥の方へ置く。できれば見えない方が良い。沢庵などはたとえ見えなくなったとしても匂いがきついから更に頭にくる。
漬物の小皿が片付いてほっとするのもつかの間、今度はタルタルソースに困らされることになる。粒粒が見えるともうがっかりだ。この粒粒は刻んだピクルスに違いないからだ。粒粒が見えなかったからと言って決して安心は禁物だ。なぜなら、マヨネーズにまぎれて透明な刻みラッキョウが潜んでいることがあるからだ。僕はタルタルソースに向かって目を凝らし、時には臭いを探ってラッキョウの有無を調べる。でもたいてい何か混ざっているものだ。結局、僕はこの忌まわしい漬物入りのタルタルソースを避けて食べなければならなくなる。そんなタルタルソースは付けて食べなければ良いのだが、しかし、いくつか並んだカキフライの一番端っこの一つが、この漬物入りにべっとりのめり込んでいる場合がある。恐る恐るその被災したカキフライを箸で掴んで漬物地獄から救い出すと、概ねそれはすでに手遅れであることが少なくない。こうして店の気遣いの無い盛り付けのせいで、僕は大好きなカキフライをひとつ台無しにされてしまったことになる。
漬物地獄によってタルタルソースを使う機会を閉ざされてしまった僕は、トンカツ屋ならば普通に置かれているトンカツソースを使用する。キャベツ用にドレッシングを置いている店もあるが酸っぱいので使わない。カキフライには醤油も悪くないと思っているので家では使うのだが、トンカツ屋の場合は醤油が置かれていてもあまり使われていないから味が落ちていてダメ。レストランでは置かれていることも無い。定食屋では醤油の利用度は高いと思うが、醤油がおいしかったためしが無い。きっと継ぎ足し継ぎ足しでやっているからだろう。まるで蒲焼のタレみたいだが、醤油の場合はマイナスにしかならないので出来れば止めていただきたい。
タルタルソースで被害に遭い醤油で失敗しながらもカキフライを口に運ぶ僕に、さらなる試練が降りかかる。それは水害だ。一つ目、二つ目あたりを食べている頃はよいのだが、四つ目ぐらいの頃になると同じ皿に盛られたキャベツから皿の底を伝って水気がカキフライの衣に伝わり、いつしか衣がブヨブヨと醜く白く変化してしまっている。これは極度に困る。トンカツの場合など、箸でつまみ上げるとそのブヨブヨ部分から衣が裂けて両側に垂れ下がるほどの醜態を晒す。なぜどのトンカツ屋でも水物のキャベツとからっとしてなきゃ意味の無いフライをワンプレートに盛り付けるのだろう。トンカツ屋だけではない。定食屋でもレストランでもフライ物となると何故かキャベツの千切りとワンプレートに押し込まれている。僕には不思議でならない。
なんだかんだと災難が降りかかりながらもカキフライを食べる僕にとって、今度はバランスの不均衡が悩みとなって噴出する。それはご飯の量とカキフライの個数のバランスだ。多くのお店でカキフライは5個と相場が決まっている。中には6個の店もあるが、僕にとってはそれでもご飯に対してカキフライが少ない。あと一つ、全部で7個つけてもらえないものだろうか。僕の場合はカキフライしかおかずにならないのだ。漬物も食べている人は漬物に騙されてカキフライ数の少なさに気付いていない。「ホットにしますか?アイスにしますか?」とか「白飯にしますか?五穀米にしますか?」なんてことを聞いてくれる店であっても、決して「漬物にしますか?ふりかけにしますか?」とは聞いてくれない。
漬物嫌いという食物マイノリティーの僕は、こうしてカキフライ定食に付いて出される漬物分とタルタルソース分のお金を損して、漬物嫌いに対する店の無神経さに気分を害してしまう仕組みだ。なんとウルサイ客だろうと思われるかもしれないが、僕は店では悪態をつくこともなく、むしろ時には心にもなく「おいしかったです」なんていう嘘をついてあげるから、店側はウルサイ客と思うはずがない。
それでも僕はカキフライが好きだ。道は険しく遠いほど到達の時は感動が大きい。
ところで写真の店の名誉のために言っておくと、最初のところで書いたとおり美味しく食べられた。カキフライの下には網が敷かれていて、衣が水害に遭うこともなかった。タルタルソースも無くて普通のマヨネーズだった。カキフライも脂っこくなく美味しく揚っていた。ただし漬物の小皿は付いてきた。だから妻は自分のと合わせて倍の量の漬物を食ることになった。