斜陽を過ぎ

日が山の向こうに沈み、橙色の光も射さなくなった時間、僕の散歩はちょうど廃屋になったホテルに差しかかった。場所は白樺湖畔。一級の観光地なのにこのホテルの窓に明かりは灯らない。外側の雰囲気は1970年代、中もきっとそんな雰囲気だろうと勝手に想像する。ロビーには、やけに深く沈むソファーとか、でっかいガラスの灰皿なんかがありそうだ。薪ストーブの炎がスキーロッジを演出し、派手な原色のパンツと網目のルーズなセーターを着た客が正ちゃん帽を脱いで、炎に寄ってくる。マガジンラックには「愛と誠」が載っている少年マガジンが入っていて、テレビではクイズダービーが始まった。そんな感じかな。

話はまるで違うが、今日、車のバッテリーが寿命を迎えて交換した。今日まで全く問題なく、朝も普通にエンジンをかけて通勤した。たまたま弁当が無かったので昼食を食べに出ようとしたらエンジンがかからなかったのだ。同僚の世話になりエンジンをかけて修理屋さんに行ったら、大きなテスターのような道具で調べられ「まるっきり死んでますね」と言われた。幸い在庫があるということで、すぐに取り替えてもらうことにした。今度は年配のエンジニアさんが来て「5年も使ったじゃん」とバッテリーの表示を指でこすって調べて言った。「5年は長い方ですか」と聞いたら「立派なもんだよ」と教えてもらった。バッテリーが弱ると、キュルルルと軽やかに回るはずのセルモーターがギュルゥンギュルゥンと低音になって遅くなるものだった。でも、今朝まで割と軽快だったのに昼には全く回らなかった。聞けば、近頃のバッテリーは性能がよくなって死ぬ直前まで元気なのだそうだ。長持ちするのはありがたいことでもあるが、その突然死が旅行先ではなくて良かった。星を見に出かけた山の中などだったらと考えると怖くなる。「そろそろ弱ってきたな」と感じさせてくれることそれ自体が性能の一つでもあるとは言えないだろうか。まあ話を無理に前に戻すとすれば、昼から急に夜になるのではなく、間に斜陽の時間があったほうが心に構えができる。