母校の景色 8

高校入学時、僕は天体観測をやりたくて科学部に入部した。その頃の活動場所は生物室が中心で、海まで行ってプランクトンを獲ったのをよく覚えている。高校は埋立地に建っていて、そのすぐ先が海(東京湾)だった。歩いてすぐそこの海は、当時全国的にも珍しかった人工の砂浜になっていた。その両端は砂の流出を防ぐための防波堤が沖まで伸びていて、僕はプランクトンネットをそこから水面に降ろして、防波堤の先端まで歩き、また戻ってくる。そして獲れた試料を瓶に入れて生物室に戻る。冬は強い風が吹いて寒かった。波が強いときは飛沫が降りかかるときもあった。と言っても、苦労自慢をするつもりではない。とっても楽しかったのだ。
生物室に戻ると、S先生が「おー寒そうだな」と僕らの顔を見て言った。試料はプレパラートにして観察する。プレパラートと言っても、スポイトでぽたっと一滴だけスライドガラスに落としてカバーガラスを被せるだけの簡単作業。昨日まで紹介した岩石プレパラート作りに比べると、それは家を建てるのとテントを張るのを比べるぐらい違う。
出来上がったプレパラートを顕微鏡で観察する。見つけたプランクトンはスケッチする。そして図鑑で調べながら、どの種類がどれだけいるかを観察する。一通り見たらまた新たなプレパラートを作って観察する。これで何が解るのか、ということについて、当時はあまり考えたことがなかった。今考えると、人工の砂浜という当時は極めて珍しい環境について、そこに集まるプランクトンは浅海性なのか深海性なのか、あるいは暖水系か寒水系なのか、そういう傾向を知ることができたのかもしれない。でも、当時僕はスケッチをした。最初の頃は絵画のクロッキーっぽく陰影をつけて描いてみたりしたが、S先生は図鑑のページを見本として僕に見せ、笑いながら「芸術じゃないんだよなあ、線ではっきりと特徴を描くんだ」と教えてくれた。そう言われて図鑑の絵を見ると、例えば節の数やそれぞれの長さとか、足の長さの違いなどが解りやすく描かれているのが解った。
科学部はやがて生物部と地学部に別れ、僕は地学部に移った。活動場所も地学室に移った。製粒室も地学室も3階にある。当時の3階からはグランドの向こうに海を見ることができた。秋冬になると冷たい風が海側から吹きつけて、窓がピューピュー音を立てた。日が短くなると、プレパラートを磨きながら視線を上げれば、松林の向こうに海があり、その向こうには東京のビル群や富士山の姿が見えた。今思えば良い環境だった。
写真は先日屋上から撮った景色。屋上からはなんとか海が見えるが、グランドと海の間に高層住宅が建ってしまった。松林の高さも高くなった。そして、3階からは海を見ることができなくなっていた。僕の思い出の中に見えている夕景色は、もはやその地へ行っても見ることができなくなってしまった。