キツツキ穴アパート

近頃気に入って歩いている散歩道の脇に、キツツキ穴が並んだ枯れ枝がある。僕が住んでいるのも集合住宅だが、キツツキ穴もこんなふうに集合住宅のように並んでいることがよくある。弱ったり枯れたりした枝や幹がそのようになっている。やわらかくて掘り易いだろうし、餌となる虫もいろいろ棲んでいそうだ。こんなキツツキ穴のアパートと化した枝や幹は、やがて落ち、倒れる。そして森の土に戻っていく。そうしてキツツキ穴の空き家は問題になること無く解決されていく。
一方、我々人間が作った住処は、空き家になったとしても簡単に朽ち果てて土に戻ることは無いのでやっかいだ。街中であれば、新たな住人が住んだり、新たな家を建てるために取り壊されたりして、空き家問題は経済が解決してくれることがある。しかし、それでも近頃は街中でも空き家が目立ってきた。倒れそうな危険であったり、汚れや雑草が近隣への迷惑にもなる。そしてそもそも薄気味悪い。田舎ではなおひどい。田舎の空き家は都会のそれとは違う複雑な問題が潜んでいる。
そして、観光地では美観を大きく損なうことにもなる。例えば美しい湖畔の森の中に散らばるバンガローの廃屋などは見苦しいものだ。大きな看板を出していたドライブインの廃屋が買い手も無く放置されているのをよく見かける。富士山の世界遺産審査の際も、登山道脇にある廃屋が問題視されているという報道があった。
登山道脇のキツツキ穴は、それが空き家であっても問題視されないだろう。