久しぶりの湯村食堂

甲府に引っ越して来てから、彼此15年になる。夫婦共々親戚も知り合いも居ない土地にやってきて、最初にしたのは「食べ歩き」だった。でも甲府は、それまで住んでいた東京とは違って電車と徒歩(歩き)で出かけるのは不便なところで、どこへ行くにも車が欠かせない。だから「食べ歩き」ではなく「食べドライブ」だった。本屋さんで売っていた「ポケこあ」というガイド本を買い、次の休みには何処へ行こうかと相談した。そして地図を見て、ポケこあを見て、そうやって場所を決めて出かけて行った。ポケこあの「ポケ」はポケットの、「こあ」は「こうふ(甲府)」と「ぴあ(情報誌)」を絡めた造語だろうことは容易に創造がつくが、ドライブしているとそういうような造語が他にも多く目に付いたことを思い出す。飲食店の看板には「無尽」という謎の言葉がいくつも見られた。最初の頃の町の印象はこんなふうに食べドライブで見たものからのものが多かった。
この湯村食堂もその初めの頃に訪れた店だった。だから今回は、15年ぶりぐらいでの再訪問だ。店は記憶の中にあったものよりも狭く感じた。後で聞いたら妻も同じように思っていたということだ。でも店を狭くしたようにはまるで見えなかったので、人間の記憶というものがこの程度の不正確さであることが分かったようなものだ。それでも店の中の雰囲気は記憶の中にある通りで、前回はワンタンメンと餃子を食べたのも思い出した。僕は当時よりも食が細くなったこともありラーメンと餃子、妻はワンタンメンを注文した。半分揚げ餃子のような仕上がりの餃子、非常にあっさりした鳥だしのスープと細麺も、注文した品が出来上がりそれを見て思い出した。